高市早苗は若い頃は超美人の画像あり、ホステスやヘビメタバンドなど多趣味で恋愛経験も豊富だった

2021年秋は、自民党の総裁選挙があるのですね、その中でもがぜん注目を集めているのは、高市早苗元総務大臣なんですね。なんといっても、もし当選すれば、日本初の女性の総理大臣の誕生になるかもしれないからですね。

これからは、女性の時代が一気に到来するのではないかと言われていますので、新たな時代を切り開いていく歴史に名を残す女性になるのではないかと言われています。

そんな今話題の女性の高市早苗さんの若い頃はいったいどんな人だったのでしょうか、今回はそんな彼女の若い頃にフォーカスしてみたいと思います。

高市早苗さんの略歴

初の女性総理となるかもしれない高市早苗さんなんですが、さぞかし輝かしい経歴なんですね。

本名 高市早苗たかいちさなえ

1961年3月7日生まれ

奈良県奈良市出身

血液型 A型 

奈良県立畝傍高校卒

神戸大学経営学部経営学科卒

1993年に衆議院議員に当選していらい、政治家としての活躍をしている高市早苗さんなんですが、なんと大学の教授もやっていたんですね、近畿大学の経済学部の教授もやっていたということなんですね。

1993年から2003年まで議員を務められいます、また2005年より2021年に至るまで衆議院議員をやっているんですね、相当な長い期間国会議員をやっておりベテランの域に達しているといっても過言ではないですね。

しかも役職のある重要な職を務めているということにもなっています。通商産業政務次官になったこともある、経済産業副大臣なんかも3回も歴任されていますね。

内閣府特命担当大臣は3期務められているということです。総務大臣に関しては歴代でも最長の期間をやってこられた大臣として、記録も持っているのですね。総務大臣を5期も務めた人はいないということになっているのですね。

自民党の中においても、日本経済再生本部長やサイバーセキュリティ対策本部長や政務調査会長などを歴任していますね。

安倍内閣の中でも存在感を発揮して活躍していたということで重要な人物として安倍内閣の中心にいたということなんですね。当然安倍さんからの信任も厚く、今回は総裁選挙に出られるということで安倍氏からの推薦も受けているのですね。そういう意味ではアベノミクスの意思をうけつぐ後継者ということでいいのではないかと思われます。

 

高市早苗さんの若い頃の画像は美人だった

今や政治家として日本のトップに君臨しようとしている高市早苗氏なんですが、彼女の若い頃はどんな人だったのでしょうか。そんな高市さんの若い頃を時系列でみていきたいと思います。

https://hikari-iyashi.com/sanae-takaichi-wakaikoro/
この上の写真は高市さんが3歳の頃にとった写真ということで、いまとはたいへん印象が違いますね、時代を感じさせるような半モノクロの写真ということでなんとも昭和のレトロな感覚がありますね。
どの写真もそうなんですが、現在も得意なとても印象的な笑顔が魅力ですね、タレント時代からとてもいい笑顔をしていると思っていましたがたしかにそうですね。

奈良市の出身ということで一番上の写真はおそらくはお父さんと一緒に鹿が写っているのですね、奈良公園で撮影したために鹿が写りこんでいるのですね。

また、真ん中は船での旅行中に撮影したものであるということ、これまた印象的な笑顔がまさに素敵ですね。また高市さんには、弟さんがいて共働きであった両親に代わって

弟さんの面倒を親に代わってみていたということなんですね、今や日本においてトップの政治家になろうとしているのですが、子供のころから弟の面倒をみるということからリーダーとしての資質を養っていたのかもしれませんね。弟さんは6歳下であるということなんですけど、おそらくはしっかりものの姉であるというポジションであったということで間違いないと思います。政治家として活躍するという下地はなんと高市さんの

幼少期にあったということなんですね。

高市早苗さんはヘビメタをやっていてなんとドラムができる

高市早苗さんは、大学時代にバンドをやっていたということなんです、政治家が、いや総理候補がヘビメタをやっていたということなんです、驚きですね。バンド演奏ということでもちろん楽器もやっていたということでなんとドラマーだったということなんです。

神戸大学に在学中の学校内の軽音部だったということなんですが、当時として斬新であったのでしょうね。

まあ、ご自身がいうには、ロックが好きでヘビメタを趣味でやっていただけであったということで実力はあまりなく、中途半端なものであったということなんですね、好きでやっていただけであるということなんで、おこがましい言い方ですけどプロになろうという気もなかったということなんですね。

実際のの音源なども残っていないので本当に実力はどうなのわかりませんが、いやはや活発な大学時代を過ごしていたといいうことは想像できますね。

女の子のドラムなんていうのも珍しいかもしれませんが女性政治家というのも珍しいので、当時から男勝りなとこがあったのではないでしょうか。ましてや女性として初となる総理大臣が目前の人でありますので、男ばかりの世界に入りこむというのはバンド活動からもわかるように当時から抵抗がなかったのではないかとおもわれますね。

なんと、聖飢魔Ⅱに憧れてバンドを始めたということもあって、高市さんはデーモン小暮さんが大好きであるということなんですね。お二人とも聡明な感じがして似たところがあるような気がしますね。高市さんが大学当時は聖飢魔Ⅱがとても流行っていて、大のファンであったということなんですね。

国会答弁の資料を読んだりとか仕事してるときとかなんかも聖飢魔Ⅱを聞いて気持ちを盛り上げてテンションを高くして答弁に臨んだりしているということなんでとても好きであったということが伺えますね。

高市さんが総務大臣時代にデーモン小暮を起用した、電波利用環境保護周知啓発強化期間のキャンペーンのイメージキャラクターに選抜したりとかしたのも、高市早苗さんの個人的な趣味嗜好を反映してのものであったのかもしれませんね。やっぱり自分の好きな人に、大事なキャンペーンは頼みたいですからね。

 

高市早苗さんはバンド経験者ということで歌が上手

ヘビメタバンド経験者ということでボーカルではなかったのかもしれませんけど、歌がうまいのですね。音楽をやっているということで歌唱力が高いというのはあるのかもしれませんけど、やっぱり音楽の才能があったのですね。

高市早苗 歌も上手

なんともXjapanなんですね、小泉純一郎元総理を思い出してしまいそうですけど、小泉さんも大好きって言ってましたよね、RustyNailを熱唱していたということなんですけど、結構難しい歌を歌っているんですね。YOSIKIが大好きっていうことで、90年代のバンドファンにはたまらないのではないかと思われます。まさに、その年代のバンドファンであった高市さんらしいパフォーマンスですね。こういう気さくなところは、一般の人に受ける要素を持っているのではないかと思われます。政治家として大事なのは庶民にいかに人気がでるかということなので、その点はクリアできているのではないかと思われます。

なんと高市早苗さんは、ホステス経験がある

見た目から思った人もいるのではないですかね、高市早苗さんには、大学時代にホステスをやっていた経験があるそうなんですね。そういえばそういう水商売的なルックスをしているなと思われた人も多いのではないでしょうか。ロックバンドにホステス経験があるとか、なんと俗っぽい人なんでしょうかとか思いますけど、他の2世政治家やお金持ちの良家出身のぼっちゃんが多い政治家の中でも異色な存在ですね。

でも、いろんな俗な経験をしているということで、お父様が政治家であるというような世間知らずの政治家とは違うという特色をもっているのではないかと思いますし、そういうところが高市早苗さんの強みであるのではないかと思われます。

ナンシ―関さんは、ホステスのようなしゃべり方やコミュニケ―ションをしているということを指摘していたということなんです。実際に、ホステスさんというのは、高いコミュニケーションの能力を必要とする職業です。実際に、政治家として高市早苗さんは、高いコミュニケーション能力を有しており、現在、自民党で活躍できているのもコミュニケ―ション能力に長けているためであることは皆さんもご承知のとおりですね。20代後半の時の画像ですけど、ホステスをやっていたのは大学時代ということなのでもっとお若くて、美人であったと思われます。高市さんの政治家としての高いスキルを培ったのは大学時代のアルバイトのホステス時代だったのかもしれませんね。

高市早苗さんはバイク乗りだった

なんともかっこいいバイク乗りの女性でありますが、若い頃はバイク乗りであったということなんですね。Kawasaki Z400GPに跨っていて颯爽としていますね。SUZUKI GSX400S KATANAのも乗っていたということなんですけど、高校生の頃からバイクには乗っていたということなんですね。当時の高校は、校則の厳しい学校だったそうなんですけど、それでもバイトに通うためにバイクが必要であったということなんです。

 

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高市早苗 若い頃 バイク乗り

バイト代が貯まるとツーリングに出かけ、全国の海岸線沿いの道はほとんど走りました。
20代前半は『バリバリ伝説』(しげの秀一さんの作品)という漫画にハマっていました。
バイクの魅力は、とくに夏に、風とアスファルトの熱を感じながら走る心地よさ。

引用元:Smart FLASH

バイト代でお金が貯まれば、そのお金でツーリングにいっていたということなんですね。なんと政治家さんたちのバイク議連という、バイク乗りの組織なんかもあるそうですね、20人以上になる組織らしいのですけど、そんな団体のようなものもあるのですね。

かの大阪維新の元政治家の橋下徹さんもバイク乗りだったということで、政治家とバイクは相性がいいのかもしれませんね。37歳で高市さんはバイカーを引退されたということなんです。

危険であるのはいうまでもなく、事故にあってしまってはいけないということでお止めになられたのだと思いますが、今でもバイクは大好きで、どんなバイクがあるかとかレースをみたりとかいうのは続けているそうですね。

高市さんは、なんでも挑戦してる多趣味である

https://www.sanae.gr.jp/album_nara_465.html
なんともスキューバダイビングやってるじゃありませんか、バイクやバンドにホステスとなんでもやっているんですね。行動力がありまくってますね。
政治家として行動力が必要となるのでアグレッシブな姿勢が必要なんですね。

 

なんと空手までやってるじゃありませんか、高市早苗さんしかも黒帯じゃないすごいですね。パフォーマンスで道着きてるんじゃないのですね。しかし、黒帯ということは結構強いということになりますけど、本当なんですかね。しかし、バンドにバイクに空手にスキューバーとか、よくそんなに時間があると思いますね、すごいですね、やはり成功者というのは時間の使い方がうまいのですね。

高市早苗さんは、元キャスターでタレント時代がある

高市早苗さんはなんとフジテレビ系列で、キャスターをやっていたんですね。短い期間で実質は5カ月間だけだったみたいですけど、いまで言う、めざましテレビの時間帯にキャスターやっていたんです。

女性キャスター出身の政治家といえば、小池百合子さんや丸川珠代さんなんかもご活躍されていますけど、かなり昔の頃に活躍されていたみたいですね。当時は松下政経塾なるものに入塾して政治家になるために相当な勉強もしていたということです。

戦略的に政治家になるための準備はやっていたということなんですね。

松下電器の創業者である松下幸之助さんが1979年に多くの政治家や経営者を育成することを目的とした私塾で、国会議員や経営者や大学共助、など各界にに有名な人物を輩出している有名な塾なんですね。

松下政経塾を卒塾してからはアメリカに渡って政治の勉強をしていたようですね。議員立法調査官としてアメリカの政治家の秘書をやっていたということなんですね。

上の写真はアメリカ時代の高市早苗さんなんですね。その後1989年に日本に帰国したのちにに亜細亜大学短期大学の助手として活動して、1990年に、先ほど話に触れました、
フジテレビの朝の番組の朝だ!どうなるのメインキャスターをやるのですね。これは、大抜擢であったということなんです。
当時高市早苗さんは(右側)です。なんともいまとは顔だちが違います。やわらかい表情ですね。

 

かなり昔の映像なんでなんともバブリーな感じがいいですね、バブル真っ只中という感じですね。この番組は、不人気だったのかどうかは、定かではないのですが、わずか5カ月で終了してしまったということなんですね。

この後に、1992年に参議院議員に出馬するのですね。なんと最初は落選してしまうのですけど、1993年には、さらに衆議院議員選挙に出て見事に当選を果たすのですね。落選した翌年には、きっちりと当選するというのは見事ですね。これによって政治家としての人生が始まるのです。

政治家としての人生を歩み始めた高市さんなんですけど、政治ギャルという、キャッチフレーズはすごいですね。なんともセンスのないネーミングなんですけど、当時はバブル真っ只中ということでこんな古臭いフレーズでもいけたんですね。

高市早苗の若い頃は恋多き女だった

高市早苗さんのようなお強いイメージの女性でも若い頃は、乙女心を持った女性だったんですね。若い頃は、お姫様願望があったとホームページで公表していますけど、どんな女性でも、女の子の感情は持っていて当然であると思いますね。また、恋多き女として若い頃は肉食系の女子であったということなんですね、どんな女子でもそうですけど女の子は恋愛していたいもんですね。

30歳の時に出したエッセイで、いままでの恋愛の数々を語っていたそうですけど、ご結婚されるまでいろんな彼氏とお付き合いしていたそうですね。

30歳の時に書かれたということなんですけど、書かれているだけで7人の男性との交際について掛かれているので、実際はもっと交際人数が多かったのかなと思います。

しかも年上男性と付き合ったのは7人のうちの1人だけということでなんとも年下好きなんですね。

30歳の時の当時の彼氏は25歳であったということなんで、なんとも年下の男性をたぶらかしているようで罪悪感を感じるということを語っているのですけど、なんとも絵にかいたような肉食系女子なんですね。

このエッセイの中では、フランスのカンヌでホテルで男性とお酒を飲んでくらしていたということです。地中海を見ながら男性と赤ワインを飲んで、なんともテクニックのある男性と情事があったとか、読んでるこっちが恥ずかしいくらいの内容なんですね。30歳の時のほうが若いころよりも自信があると言っていたそうです。

若い頃の高市早苗さんは、さきほどのエッセイを1992年に出版してから政界へと打ってでていくのですけど、本を出すことで注目を浴びるという目的があったのかもしれませんね。2004年に恋多き女である高市さんはご結婚なさるのですけど、政治家で意外にも
年上男性との結婚なんですね。
山本拓さんという10歳年上の男性なんですね。ただ、めでたくご結婚されたのですけど、この結婚はあまりうまくいくことがないまま離婚することになってしますのですね。
政治家として成功してどんどん上に行く高市さんに比べて、嫁よりもうだつのあがらない山本拓さんとは、男性としてのプライドを保つことは難しかったようで、夫婦の仲も悪くなってしまい結局は離婚してしまうのですね、高市さんの思っていた結婚とは現実は違ったようで、現実は厳しいのですね。

 

高市早苗さんの若い頃のまとめ

初の女性総理大臣の誕生になるかもしれないという期待のかかっている高市早苗さんなんですけど、2世議員の多い中、一般庶民からの出身ということで庶民的な目線からの政治ができるのではないかという期待が掛かっていますね。知的な感じがして、女性では不利である政治の世界でもその手腕を発揮するほど政治家としての能力には長けています。少し右翼的な考えに偏ったところがあるとの指摘もされていますけど、このご時世に、日本を守るためには、彼女のような愛国心を持った感覚の人間こそが日本を守ってくれるのではないのかと思えてきますね。

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